写真展「ちいさな花」を終えて

花を、植物を育てたことありますか?
それが、いつの間に枯れてしまったことは?

僕にはあります。

「ちいさな花」という作品は、それを比喩表現として、
「自分にとって大事なものが分かった流れ」を謳ってるのかなぁと今更ながら思います。

人生の中で、色んなものに触れますよね。
やりたい事とか、やりたくない事とか。
何をすればいいのか、何が出来るのか。

もし、自分のやりたい事が「花」だとして、その花が咲く時は、速攻で摘み取りたいですよね。

あなたがやりたい事ってなんですか?
今までいくつ、「これかな?」と思ったものを捨ててきましたか?
今も続けてますか?

それはまるで、花を育ててるようだなぁと。
日々の水やりのようだなぁと思います。

色んな花があって、毎日水をやる。
色んな事に興味かあって、取り敢えずやってみる。
今日も明日も明後日も。
そうやってきた。

ふと気が付けば、枯れている。
前は無くてはならない存在だったけど、今は必要ない。

ふと気が付けば、散っている。
前は好きだったけど、いつの間にか冷めてしまった。

様々な形で散っていく、枯れていく。

しばらく経ってから気付く。
散ってく花の中に、元気に育ってる芽がある。
他よりも長く咲いている花がある。

その花が咲くまで、いったい幾つの花を枯らしてきたのだろうか。
今では、もう分からない。

でも、今、目の前で咲く花に手を伸ばしている。
そこに咲く小さな花を摘み取ろうとしてる。

残ったその花は必然か、運命か。
きっと言葉は飾りでしかなくて、そういうものが今ここに在るってことが真理なんでしょうね。
この、ちいさな花のひとつの解釈としては。

また長々と書いてしまった。

2018年の始まりの1月から、次の月までの期間に展示が出来て良かったと思います。

ノラカフェの安達さん。
ライブをしてくれた舩橋さん。
ゲストで駆けつけてくれた美帆さん。
本当にありがとうございました。

これでまたひとつやりたい事を、実現できました。
次へ進みます。